牧千夏の話したいこと

読んだ本や考えたことを勝手に紹介しています。

レビュー_池谷裕二『脳には妙なクセがある』

池谷裕二『脳には妙なクセがある』(扶桑社、2012)を読みました。

面白かったポイントについてまとめます。

持つ語彙で思考や行動が変わる

これは国語の教員として、嬉しい情報でした。私は工学を専門にする学生を相手に、国語の授業をしています。当然ではありますが、みなさま国語があまりお好きでなく、「国語は役に立たない」という厳しいお言葉をたびたび頂戴します。

 

本書では、その人が持つ語彙によってその人の認知力や行動が変わったという研究結果が示されています(230ページ)。例えば、色に関する分類の語彙をどれだけ持つかで、その人の色の識別が決まるというようなことです。私自身も気象に興味を持つようになって、雨を単なる雨ではなく、地球の公転や温度変化の過程としてとらえるようになりました。学生に辞書を引かせるとき、この語彙をもつと、このように認識や行動が変化するよ、と一言添えるといいかなと考えました。

メタファーで聞き手を注目させる

これも国語の教員として興味深い内容でした。

文学作品は人気がありますが、「もっと簡潔に書いて欲しい」「あらすじだけでいい」というご指摘も頂戴します。メタファー(喩え)を面倒な表現だと言われちゃうんですね。

本書では、メタファーを使うことによって、利き手の脳を広範囲に活性化させることが指摘されています。確かに「私は浮き沈みが激しい」というより「私の心はいつも異常気象」と言った方が、最近の豪雨の記憶などを呼び起こしますね。

プレゼンでここぞというときに、メタファーをつかうと有効だということが伝えられるなと思いました。

脳は数字を直感するのが苦手

この章を読んで以前、産婦人科で聞いた高齢出産の話を思い出しました。

 

私は2人目の妊娠では、ハイリスク妊婦でした。胎児が羊水を飲めないため、羊水除去の手術を何度も受けました。私の子宮の収縮がはげしいとき、しばらく待機しなければならず、そのとき私の担当医と研修医の先生が話をしていました。

 

担当医「高齢出産のリスクを説明して」

研修医「高齢で出産すると、ダウン症などのリスクが高まる…」

担当医「どの位?」

研修医「確か20代に比べて、40代だと10倍くらいリスクが上がると思います」

担当医「パーセンテージは?」

研修医「確か、40代だと1パーセントくらいだと思います」

担当医「ふーん。じゃあその人、100人も赤ちゃん産むの?」

研修医「いえ、それは…。」

担当医「だよね。100人産んだら1人ってことでしょ?1000人産んで1人と、100人産んで1人って、ひとりの女性の出産にとってそんなに大きな違いなのかな。私はメディアがいけないと思うんだけど、高齢出産に関してネガティブな数字を、ネガティブな面を強調する数字として出しすぎだよ。まず、ダウン症がいつも前面に出されるけど、正しくは染色体異常でしょ。ダウン症がいつも表に出される理由が分からない。そもそもね、染色体異常のほかにも先天的な疾患って無数にあって、それにもそれぞれ因子や頻度があるわけ。それも含めて考えてないでしょ。後天的な疾患だってたくさんあるわけで、疾患って観点では、産まれて生きるということがすでにリスクなの。じゃあ、我々は誰も産まず、生きなければいいかっていうと、そうはならないでしょう。子どもを産むことに関するリスクを、単純化して話すのはよくないよ。」

 

ぼんやりする頭のなかで、なるほどな~と思って聞いていました。数字って分かりやすいけれど、それが示す意味は分かりにくい。分かりやすい数字を見たら、それを様々な角度から計算し直して、自分の経験における意味を考えたほうがいいと、改めて思いました。

以下、個人的なメモ

  • 他人の不幸を気持ちよく感じてしまう本心は、根源的な感情として脳に備わっている。そしてこれは女性よりも男性に強いとされる。_34ページ
  • モチベーションを上げるためには、内面から気合を出すのではなく、顔を上げ声を上げ身体的な活動から始めるのが有効_140ページ
  • 脳は情報を何度も入れ込むよりも、その情報を何度も使ってみることで長期間安定して情報を保有することができる。つまり、脳は入力よりも出力を重視して設計されている。_163ページ
  • 人口の4%は音痴。遺伝の影響が強い。180ページ
  • 脳における分類や認識は、それに対応する単語の有無が決め手である。つまり持っている語彙が人の意志や思考や行動に独特のパターンをもたらす。230ページ
  • 人はメタファーを聞いた時脳の広い範囲が活動する。つまりメタファを利用すれば受け手の脳を強く活性化できる。表現のレパートリーを増やすことで、相手の心を揺るがすことができる。233ページ
  • 脳は数値を直感するのが苦手。248ページ
  • 意志は脳から生まれるのではなく、周囲の環境と身体の状況で決まる。252ページ
  • 医師は脳の活動の結果であって、原因ではない。ある行動をした後に、それを説明するために言語化されたものが意志。265ページ
  • 睡眠の効果を最大限に利用するためには、起床後の朝ではなく、睡眠直前の夜に学習した方が良い。就寝前は記憶のゴールデンアワー。280ページ
  • こめかみよりも少し後ろの側頭葉を刺激すると存在しないものをありありと感じる。つまり私たちには、神を感じる脳回路を備えている。291ページ
  • 抽象的に思える人の思考は、体の運動から発生している。例えば計算は、眼球を左右に動かす運動から、疎外感は体の痛みから派生している。314ページ
  • 脳はそもそも、身体感覚の入力と身体運動の出力の処理に特化した組織である。320ページ

最近なぜか脳にはまっていて、池谷氏の本をよく読みます。大衆向けに書かれた本はどれも読みやすいです。