小川さやか『「その日暮らし」の人類学』(光文社、2016)を読みました。
一言で言えば
その日暮らし、と言われる経済生活に、今ここを生きる、強さと喜びがあることが指摘されます。
もう少し詳しく
コピー商品にはインフォーマルな価値がある
- コピー商品や模造品は、知的財産権を脅かしているのかもしれないが、アマチュアやオタクと呼ばれる人々の想像力や社会ネットワークの力を解放する場となっており、これらの商品によって、グローバルな流行や技術にアクセスできなかった発展途上国の貧困層の物質的な豊かさが実現されている。主流派経済に向けられるべき不満を自力で解消し主流派経済を存続させる役割を担っている。29
- 下からのグローバル経済では、アナーキーでありつつも、法的には違反しているが道義的には許せる、という第三の空間を創出して行けるかという点が重要 168
ここでは、コピー商品には、
- 安価であるために、貧困な人が物質的な豊かさを獲得できる
- アマチュアやオタクの創造性を解放できる
という利点があることを指摘しています。日本のものづくりのコンセプトとは全く逆の考え方ですね。
経済活動は個人プレーで、臨機応変
- 私たちは、近代的な時間の観念と資本主義経済システムとともに進展する成果追求主義の世界やそれに寄与することを目的とする情報社会によって〈今ここ〉の喜びを犠牲にし〈いつかどこか〉という超越的な場所で時間を消費し生きるよう強制されている。23
- 余剰に生産したものが、自分より働かなかった誰かのものになるという場合には、皆は他の人々と同じだけしか働かないだろう。そうすると結果として最小限の努力でギリギリの生計を維持する社会になる。それがアフリカの停滞と言われてきた。44
- タンザニアの都市準備にとって事業のアイディアとは、目的的・継続的なものというよりは、その時置かれた状況が、その時の自分の物質的人的な資源に基づく働きかけと偶然に合致することで実現するもの。63
- 個々人がバラバラに営業するのは不経済かつ非効率的であるように見える。82
- 不確実性の高い生活環境では、試しにやってみてダメだったら転戦するというスタイルになる。短期決戦の姿勢は共同経営や組織化のインセンティブと矛盾する。84
- ままならない他人や状況に委ねるからこそ得られる喜びや苦しみがある。それでも生きているという自分自身に誇りを持ち、その自分を生かしている社会的なものに確信を持っている。124
産業組合を研究している私としては、超衝撃的な経済哲学です。産業組合は、長期的な経済計画を立て、共同主義でやっていくものだからです。しかし、当書で取り上げられる臨機応変・個人プレーの経済にも、共同関係があることが、次の「借り」のトピックで指摘されます。
そして、私は同時に農業や農民の暮らしも調べたりしているので、同時にこの経済哲学も分かります。お百姓さんは、自分で農作物の年間計画を立て、販売も自分でします。この自分で回すということに、やりがいを感じる農業者が多くいることは、資料を読んでいくなかで分かりました。
貸し借りは、人をつなげる
貸し借りを、社会のしがらみという制限としてのみ捉えてはいけない。貸し借りのコミュニケーションは、自分と相手の状況を思いやる深いコミュニケーションであり、この切るに切れないコミュニケーションが、人々をつなげているということです。
感想
とても面白かったです。
私は最近
- 人と、きちんと、面倒くさい関係を結びたい
- 自然と関係し、自然の中で自分も循環しているという感覚をつかみたい
- 自分で何かをつくる喜びを生々しく感じたい
と思っている気がします。自分でもよく分かりませんが、ここ2年ぐらい、代謝や脳に関する生理学の本や、人類史、人類学の本を手にしています(もちろん簡単な本ばかりですが)。科学的・医学的に証明されたことが、儀式や物語として、どう表現されるのかが気になります。この関心が論文になる気はしないのですが、なんか楽しいからいろいろ読んでいます。
※要約しながら引用しているため、引用は必ずしも本の表現通りではありません。恐れ入りますが、ご了承くださいませ。