牧千夏の話したいこと

読んだ本や考えたことを勝手に紹介しています。

脳から考えるライフハック_『寝る脳は風邪をひかない』

池谷裕二『寝る脳は風邪をひかない』(扶桑社、2022)を読みました。

面白かったポイントを簡単に紹介します。

授業や仕事に使えること

  • そもそも私たち人間は、新しい習慣に慣れるのにどのくらいかかるのでしょうか。(略)各個人や各項目ごとによって違いはありましたが、平均して66日程で行動が変容するという数値が算出されました。_20ページ
  • テストが記憶に良い効果を及ぼすことは、既によく知られています。(略)パイク博士は、テストによる記憶増強がなぜ生じるのかを調べるため、たくみにデザインされた試験を学生118人に対して行いました。その結果、テストを受ける時は、単に問題に答えるだけでなく、回答を導くためのヒントも同時に脳内で創り上げることがわかりました。/つまりある単語を思い出すために、意味や発音が似ている単語を連想するなど、様々な工夫を自然に行います。この連想された単語グループが、覚えなければならない単語と組み合わさり精緻化されるという仕組みです。_27ページ
  • 締め切りまで1ヶ月の猶予ある仕事について、書類を開封せずに放置するよりも、手元に届いた時に一旦目を通してから放置する方が、締め切り直前に仕事を素早く片付けられます。/あるいは新しい仕事の手順を説明する時には、事前に多くを説明しても記憶に止まりにくく、仕事を中途までこなした後で説明した方が相手に伝わります。/仕事を中途半端にしておくのは勇気がいるものですが、実際には、放置されている最中に無意識の脳が代理で作業してくれるため、仕事の効率が高まるのです。_24ページ
  • 集中力が切れてきたら、普通の発想ならば、より簡単で集中を要しな課題へと切り替えて対処することでしょう。ところが博士は逆に、難しい問題に変えました。あえて集中力を要求することで、集中力を再活性化したのです。_41ページ
  • モチベーションが高くない学生を強制的に前方に座らせた場合でも成績が向上することも見出しています。(略)教師との距離が近い方が、講義への参与感が増すからでしょう。_113ページ

このなかで特に印象深かったのは、テストに関してです。私は、実のところ、最近テストに少し懐疑的でした。国語の試験で求められる、難解で含蓄ある文章を・短い時間で・正確に読んで・過不足無くまとめるという能力は、高専の学生に必要なのだろうか、と思っていたからです。私自身ですらこうした能力が大事な場面は、それほど多くありませんでした。くわえて、テストに強いストレスを感じる学生も多いことも悩ましく思う理由のひとつでした。しかし、テストをする、ということで記憶が増強される一面があるのですね。テストの効能についても見直す必要があると感じました。

 

生活に使えること

  • 解剖学的知見からは、神経細胞の数は、3歳以降はほぼ一定で、100歳まで生きてもほとんど変化がないことが報告されています。つまり、脳という装置は経年劣化しません。/ではなぜ年をとると記憶力が衰弱した気がするのでしょうか。色々な理由が考えられますが、一番の原因は「老化すれば記憶力が衰える」と本人が思い込んでいることではないでしょうか。_31ページ
  • ヒトの脳は都市に住むことに慣れていません。いや、そもそも脳は都市を想定して進化したものではありません。だからさまざまな障害が生じます。/手元にあるデータによれば、都会人は、田舎に住む人よりも、うつ病の発症率が21%、気分障害は39%も高いのです。統合失調症も多いといいます。_34ページ
  • なぜか私たちは「公正な世界」を前提とする癖があります。不条理や無根拠は心理的に認め難いからです。その人は背景に物語があることを好みます。とくに因果応報を詮索します。(略)しかしたまたま事件や事故に巻き込まれた被害者については、アラ探し対象となります。「被害に遭うできるわけがあったはずだ」と不幸を合理化するのです。_49ページ
  • 自分と似た人と一緒に過ごしたいと言う各人の「あたたかい心」が、社会の中で相互に作用することの必然的な帰結として、どこかで村八分は生まれてしまうのです。/博士はさらに重要な人物を提示します。自分の好みをはっきり示さずにメンバー同士が仲良くなるよう奔走する利他的な人がいると、その集団はより大きく強固になりますが、意外なことに、その当人は仲間はずれの標的となり、社会全体から追放されやすかったのです。裏を返せば、自分の意見をはっきり言うことは、思いの外重要なことのようです。_79ページ
  • ネズミに二つは餌を同時に与えてみましょう。一つは皿に入った餌、もう一つはレバーを押して出る餌。えられる餌はどちらも同じです。さてネズミは、どちらの餌を選ぶでしょうか。(略)レバー押しを選ぶ率が高いのです。苦労せずに得られるさらの餌よりも、タスクを通じて得るえさのほうが、価値が高いと言うのです。これは「コントラフリーローディング効果」と呼ばれ(略)動物界に普遍的に見られる現象です。_88ページ

最後の苦労して得たものの方が価値を高く感じる、というのに納得しました。これは、コスパや効率化とは、相反する脳の仕組みですね。私はまさにこのネズミと同じタイプの人間なので、これからもコスパが悪くて楽しみの多い人生を生きようと思います。

男女間の差

  • 論文の記述スタイルにどんな男女差があるか調べられました。(略)最も目に付くのは、女性研究チームの自己アピール度の低さです。例えば、「先例がない」「顕著な」「ユニークな」など、発見の意義をポジティブに打ち出す単語の使用頻度が低いのです。(略)レルハイム博士らは「論文の押しの弱さが女性のポスト獲得への機会損失につながっている」と推測しています。_60ページ
  • (噂の広がり方を調べた研究で次のような結果が出た:引用者注)①同年代の間が最も情報が伝わりやすい②高年齢、31歳以上のユーザーは、若いユーザーに比べて影響力を持っている③男性は女性より感受性が高く、情報をそのまま転送しやすい④男性が女性に、または女性が女性に与える影響よりも、女性が男性に与える影響の方が大きい、⑤この傾向は、付き合ってる男女間で特に顕著で、既婚者間では弱まる(略)この他にも、影響力を持つ人は他人からの影響を受けにくいことや、影響力の強い人は互いに直接の面識はなくとも人脈として繋がって集団化していることも指摘しています。_93ページ
  • ついでながら、男女雇用格差が少ない国、例えばスウェーデンノルウェーでは、平均寿命の男女差が日本より小さいことも記しておきます。_181ページ

昨年、授業で故事成語のポスター発表をしたのですが、女子学生の方が自己をアピールしないというのは、本当に顕著でした。すばらしく完成度の高いポスターを作っても自信なさげに話してしまうので、高い評価を得られなかったのですよね。女子に限らず、自身のない学生を、勇気づける働きかけが必要だと感じました。

感想

池谷氏の本は、非常に読みやすく有益なのでいろいろ読んでしまいます。今回の本はいつもより辛口なような気がしましたが、それも面白かったです。