牧千夏の話したいこと

読んだ本や考えたことを勝手に紹介しています。

多様性を道徳でなく、イノベーションベースで語ろう_『多様性の科学』

マシュー・サイド『多様性の科学』(ディスカバー・トゥエンティワン、2021)を読みました。

一言で言えば

多様性によって、組織やプロジェクトに新たな視点がもたらされ、それがイノベーションリスク管理に役立つことを、科学的に説明しています。

以下にもう少し詳しく紹介します。

専門家は盲点も同じ

その人たちが皆同じような背景を持ち、同じような訓練を受けていたとしたら(つまりみんな同じような枠組みで物事を考えていたとしたら)、「盲点」も共通している可能性が高い。35ページ

多様な視点はスタートの前段階から必要

  • 政治の世界で、多様性の欠如を補う策の一つとして現在もてはやされているのは、「フォーカスグループ」を利用した調査だ。(略)基本的な方法はこうだ。市民の各層を代表する人々を一部屋に集め、賛成していることや反対していること、現実に直面している問題などについて聞き込みをし、それに沿って政策を改善していく。(略)しかしこのようなアプローチは、それ自身は理に適った方法であるものの、重要な点を見逃している、なぜならフォーカスグループから答えを得ることだけが多様性のゴールではないからだ。肝心なのは、そもそも何を尋ねるか。どんなデータをもとに問題に対処するかだ。96ページ
  • 実際はもっと広範な分野で、女性の存在がまるで無いものとされている。「ここで言っておかなければならないのは、そうした事例がほとんどの場合、悪意に起因するものではないということだ。しかし何かしら考慮した結果というわけでもない。全くその逆だ。何世紀もの間ずっとそうだったように、そもそも女性のことを考えてさえいないのだ」304ページ

激しく同意します。上から降りてくるアンケートでなんでこんなこと聞くの…?と思うときがあります。アンケートで何を聞くか、ということを決める会議から多様性が必要なのですね。

支配的なリーダーによってイノベーションが押しつぶされる

  • 実際に見知らぬ5人を一部屋に集めて一つの課題に取り組ませる実験をすると、たちまちヒエラルキーが形成される。しかも面白いことに、そのグループを外から観察する別の被験者は、5人の声さえ聞こえない状態で表情や仕草だけを見て、誰がどのポジションにいるのか的確に当てられると言う。122ページ
  • 医療現場における26件の研究を広範に分析したあるデータでも、上司に進言しそこなったことが「伝達ミスによる自己の重要な要因」だったと結論付けている。126ページ
  • 複雑な状況下では、たとえどれだけ互いに献身的なチームであろうと、多様な視点や意見が押しつぶされている限り、あるいは重要な情報が共有されない限り、適切な意思決定はなされない。142ページ
  • 心理学者のソロモンアッシュがこうした同調傾向を調べた研究では「人が他の人と同じ答えを出すのは、他人の答えは正しいと信じるからではなく、自分が違う答えを出してはを乱す人間だと思われたくないから」だということが明らかになっている。147ページ
  • つまり威圧や脅しではなく、周りから尊敬を集めることによってリーダーの地位に就く者がいるのだ。支配によって強制的に形作られたヒエラルキーとは違い、尊敬を集める人物をリーダーとするヒエラルキーは、矛盾がなく安定していて、独自の仕草や表情や行動様式があるとラドクリフブラウンは言う。151ページ
  • 力強い声で話す、いわゆるワンマンな人物は、不安定な状況の中で組織が失った主導権を取り戻して安定を保証する期待の星に見える。しかし同時に危険なパラドックスも生じる。状況が複雑で不確かな場合、支配的なやり方では十分な問題解決ができない。そういう時こそ多様な声を聞いて、最大限の集合知を得ることが肝心だ。166ページ

そもそも今は、リーダー自身がシーダーシップやワンマンであることを重視するような傾向があるように思います。それが危険であるということですね。

各自の意見を大切にできる時間や空間を作ろう

現代の最先端組織は、効果的なコミュニケーションを促す仕組みを取り入れ始めている。その一つは、Amazon が実践していることで有名な「黄金の沈黙だ」。10年以上前から、同社の会議は、パワーポイントのプレゼンテーションやちょっとしたジョークではなく完全な沈黙で始めるようになった。出席者は最初の30分間、その日の議題をまとめた6ページのメモ(箇条書きではなく、いわばナレーションのように筋立てて文章化したもの)を黙読する。/これにはいくつか効果がある。まず議題を提案した人自身が、その議題について深く考えるようになる。(略)しかしこの黄金の沈黙にはもっと深い効果がある。他の人から意見を聞く前に、新たな視点に立って議題を見直すことができるのだ。文章に書き起こすことで、会議の前に、自身の提案の強みや弱みをそれまでとは別の角度から考えられるようにする。そして実際に会議が始まると、最も地位の高い者が最後に意見を述べる。このルールも多様な意見を抑圧しない仕組みの一つだ。159ページ

自分と対立する意見を知的に受け入れよう

  • 世界が広がるほど、人々の視野が狭まっていくのだ。多様な学生が集まる大規模なカンザス大学では、画一的なネットワークが生まれ、多様なビジネスマンが集まる交流イベントでは、顔見知りとばかり話す傾向が見られた。/これは現代社会における特徴的な問題の一つ「エコーチェンバー現象」〔同じ意見の者同士でコミュニケーションを繰り返し、特定の信念が強化される現象〕につながる。235ページ
  • ただ面白いのは自分とは反対の意見を見たその時に何が起こるかだ。普通に考えれば、たとえ正反対の意見でも、十分な裏付けや証拠を目にすれば、それまでの自分の意見を多少なりとも和らげるはずだ。しかし実際は全く逆のことが起きる。以前にもまして自分の意見を極端に信じるようになるのだ。238ページ
  • 「人身攻撃を受けた者は、物証を持って異論を唱えられた時と同じくらい、自身の主張に自信をなくす」。つまり論点ではなく論者を攻めても効くのだ。263ページ
  • 与える人が成功を収めるという法則には、社会科学の分野で何度も出くわす。(略)ただギバーの中でも、最大級の成功をおさめた人々は、戦略的でもあり常に有意義な多様性を求め、搾取されていると感じた時にはコラボレーションを断ち切るというデータも出ている。(略)ある研究者はこう言う。「与える姿勢は社会的な知性の高さと組み合わせれば、強力な強みになる」339ページ

多様性をイノベーションの観点から語ろう

しかし多様性はまだ差別問題や倫理的な問題の一部として語られることが多く、業績を上げる要因やイノベーションを起こす要因として取り上げられることは少ない。抽象的な言葉で議論されがちで、話が一向に噛み合わないこともある。340ページ

感想

とても面白かったです。私自身は自分の属する組織でリーダー的な地位にはついていませんが、一応教員として、教室ではリーダー的な位置にいます。この本で自分の教員としての姿勢を反省しました。

私が教員として変えようと考えたのは次の2点です。

  • これまで授業アンケートの項目を私が作っていたが、学生に項目を考えてもらう。
  • グループワークの際、学生同士のヒエラルキーに縛られた活動にならないよう注意する。今まではすぐに話し合いに入っていたが、まずは個人プレーで、考えを紙にまとめる時間をつくる。そうすれば、学生が他の強い意見に左右されずに、自分自身の視点で考えられる。次に、その個人の考えをグループで発表するときに、こちらで順番を指定する。意見の強い学生が初めに発言して、他の学生が意見を言えないという状況を避ける。

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