渡邉格・麻里子『菌の声を聴け』(ミシマ社、2021)を読みました。
個人的に面白かったポイントをまとめます。
身体を動かすことは、楽しい
- 面白いもので、人間は動いていると思考が楽観的になる。22
- 日々作業に追われる中で怪我もしたけれど、体を動かしている方がより幸福感が増した。何もないところに形が出来上がってくる面白さは何物にも変えがたい。39
- それに体を動かした後は酒も飯も美味いし、その爽快感と幸福感は頭脳労働だけでは得られない。それに体を動かしているスタッフの心の動きと同調しやすくなる。161
パン職人として身体を動かす楽しさが生き生きと語られます。私は教員として、身体の動きによって人と同調する点については、教員の板書と学生のノートテイクで感じることがあります。
もやもやとした気持ちのとき、私は散歩するとさっぱりします。パソコンに向かっているとつい忘れてしまいますが、身体と心は繋がっていますね。
因果関係は、単線でない
- 科学の名の下では、食物がうまく発酵せずに腐敗する原因を一つに絞り込み、いわば因果関係で解決しようと試みるが、この方法は果たして正しいのだろうか。(略)むしろ私がとりたいのは、失敗の分析によって捨てられてしまった論理の外にある様々な要因は、本当に無意味だったのかということだ。84
- 全体を理解するためには、分からないところを排除するよりも、一時保留しながら、全体をあるがままに捉えて考えていったほうが、より正しい答えに近づくのではないだろうか。85
- 自然界がいつも動的であることを日々実感することが必要だ。87
これ研究で、本当によく思います。例えば、ある表現が生まれた要因を語るときに、探れば探るほど、背景が見えてきます。私は宮沢賢治を研究していますが、当時の教育・農政・文壇・そして宮沢賢治の個人的な関係。そのどれもが関わり合って表現が生まれるのだなと思います。すっきり説明するために、切り捨てすぎると、全体的な関係が見えなくなります。
大きいスケールで物事を捉え、自分がそのひとつであることを意識する
- 林業で栄えてきた町なので物事を長いスパンで考えられる人が多い。36
- 私は美味しいパンよりも食べ続けても気持ちいいパンを作りたいと思うようになった。99
- 人間が人間のために行動してきたつもりであっても、実は菌が主体となって、彼らが作りたい世界を作るために人間を利用してきたのではないかと感じるようになった119
- ものづくりにおいて大事なのは今この瞬間に目の前で起きている現象を観察しそこから学びとって行動することである。しかし当時の私は学ぶ方法を型にはめて勘違いしていた。学ぶとは本を読んで先人が理解した教義を理解することだと思い込んでいたのだ。141
私がこの本で、もっとも衝撃をうけたのは、この捉え方です。パン作りというひとつのことを、周囲の環境やその循環・関係のひとつとして捉えます。そしてその関係や循環のあり方の氷山の一角として、菌を見ています。
くわえて、それを自分の身体感覚で感じ取っていることに魅力を感じました。
研究だけでなく、家事や子育てについても、考え直しを迫られている気がします。