諸富徹『資本主義の新しい形』(岩波書店、2020)を読みました。
一言で言えば
日本の企業や政府が、ものづくり産業にこだわりすぎたばかりに、IT化デジタル化に乗り遅れたことの指摘と、人的資本に投資する新しい経済の提案です。
資本主義は長期停滞している
第1章 では、資本主義の変化のポイントが3つ挙げられます。として
- 企業が投資機会を喪失し、貯蓄超過になっている
- 自然利子率の低下 15ページ
- 労働生産性の低下 19ページ
このために資本主義が長期停滞に入り、日本はその典型国だと言われます。28ページ
資本主義の非物質主義化に、日本企業は乗り遅れた
第2章では、資本主義が非物質主義に転回したことが論じられます。
1980年代以降に起きた資本主義の非物質的主義的転回とは
- 中核的な産業が、工業から知識産業に移行 40ページ
- 生産現場には、均一性正確性規律ではなく、多様性柔軟性創造性が求められる
- 財やサービスに非物質的価値を付与できる労働のあり方が求められる 47ページ
- 消費も非物質的要求を満たすことに重点が置かれる 48ページ
です。
しかし、日本企業は、ものづくり論理でそれに対処しようとしたために、競争力が低下した、と指摘されます。 78ページ
日本企業は、ものづくりにこだわり過ぎた
第3章では、なぜ日本企業が非物質主義的転回に乗り遅れたかが説明されます。
主な理由は次の2点です。
- 設備の老朽化…利益は設備投資ではなく内部留保に 85ページ
- 無形資産(ICT・研究開発・人的資本)投資を重視しなかった 89ページ
そこで筆者は脱炭素化に新しいチャンスを見出しています 99ページ
その理由は、次の3つです。
- 非物質主義それ自体が、エネルギー消費削減の方向性にある
- 脱炭素化は、世界的な目標となっており、投資機会の一つ
- 世界的にみれば脱炭素化とGDPは反比例しない 106ページ
そこで、脱炭素かつ高付加価値・高収益の産業構造を提案します。 118ページ
…具体的には、製造業のサービス産業化(顧客とつながる)など
人的資本への投資が必要
第3章では、人的資本と格差の問題が扱われます。
人的資本で重視される指標は
正確性、均一性、順応性 → 創造性、即応性、協調性
に変化しました。 139ページ
人的資本が重要性が増すとき、格差は問題となります。以下の2点が生じるからです。
- 人的資本の質低下
- 消費の縮小
この格差は、
事務・販売・製造分野の雇用縮小→ケア・清掃分野に労働者が流れる
→この両職種は賃金が上がらない。高技能職のみ賃金が上がる 148ページ
ことで起こるとされます。
こうした人的資本の劣化をさけるために、
- 産業構造の変化を見据えて、労働者の個人の能力を上げる
- 労働の機会(転職、介護子育て等の支援)を広げる
政策の必要だといいます。これを「社会投資国家」と言いますが、この概念で面白いのは福祉を消費として考えるのではなく、経済成長への長期的な投資と考える点です。スウェーデンが例として出てきます。
日本の企業・政府が進むべき道
日本では、企業の能力開発費、政府の人的資本投資の割合が、他の先進国に比べて非常に低い。特に、日本の労働政策が、企業に雇用を維持してもらうことを前提としていたことを問題視します。 194ページ
しかし必要とされる人材が変わり、企業も終身雇用を保持できない今、これまでと同様の労働政策では対応できない。筆者が提案するのは次の通りです。
- 政府は、産業構造転換を見極め、高収益企業でどのような労働ニーズがあるのかを把握する196ページ
- 同一労働同一賃金制度によって、低収益企業に撤退を迫る 199ページ
- 転職の際の不安定な移行期間を支える給付金等(バッファ)の整備 201ページ
- co2の排出に対して格付けを行うカーボンプライシング
まとめはこれで終わりです。これ以降は私がハッとさせられた個人的なポイントです
ベーシックインカムは人生哲学・勤労哲学の問題
労働者間の格差対策として、ベーシックインカムが着目されていますが、それに筆者は反対します。153ページ
ベーシックインカムとは、生活のためかかる最低限度のお金を一律に国民に配る制度のことです。そうすることで、国民を勤労から解き放ち、年金や生活保障と言った手続きをなくす、行政事務が合理化することが目的です。
私は「生活のために過酷な状況で働かざるを得ない」方の負担を軽くするにはいいと考えていましたが、「働くことによって人の役に立つ」と言う、人の身近な喜びを奪ってしまうようで、その点賛成しかねていました。筆者は、勤労と所得を切り離すことで
- 新しい価値観を形成できるのか
- 私たちの公平感や正義感と合致するのか
という問題が出るといいます。私の感じるぼんやりした違和感を適切に言い当てて下さってると思いました。
段落や章の引き継ぎが、わかりやすい!
文章の書き方としても大変参考になります。引き継ぎがとても丁寧で、今から始まる段落や章が、これまで書かれた何を受けているのか、それから考えてどういう位置づけにあるのかが分かります。
とても勉強になる本でした。私はこのデジタル化した社会で、やりがいを持って働きたいし、学生にもそうあって欲しいと勝手に願っています。
別件で、授業の形式を変える必要を感じ、いまグループワークやプレゼンを中心の授業に変えてみています。それが、創造性、即応性、協調性の要請につながるとよう、がんばります。