牧千夏の話したいこと

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草稿研究でしかできない仕事がある_杉浦静『宮沢賢治 生成・転化する心象スケッチ』

杉浦静『宮沢賢治 生成・転化する心象スケッチ』(文化資源社、2023)をご恵送いただきました。拝読しましたので、感想を述べます。

 

私がとくに心に残ったのは、以下の3点です。

草稿研究でしかできない仕事がある

私も詩を論じたときに、やはり草稿を取り寄せて確認したことがありますが、そもそも解読できないんですね・・・。書かれた順番も字も新校本の全集を見てやっとわかるという類いでした。とほほです。

これを丹念に読み解き、整理されてきた杉浦氏お仕事のお蔭で、今の賢治研究が成り立っているのだと改めて思いました。個人的には、p.422で扱われた筆圧痕のところなどは、直接草稿に当たって、繊細に神経をとがらせなければたどり着けない境地であり、感銘を受けました。

 

草稿の整理の仕方がわかりやすい

私もそろそろ本を出すのですが、そこで一部改稿の話をします。しかし、その整理の仕方には苦労しました。どのように説明したら一見して理解していただけるか、頭を悩ませました。

 氏のご著書では、それがとても分かりやすく整理されていました。ナンバリングや矢印だけではなく、ときには概念図、ときには表を用いられ、きわめて端正に分かりやすく整理されていました。とくに「〈詩稿集〉と〈山〉」でなされた整理と説明の方法は、「こうすれば分かりやすいのか!」と開眼されました。

 

改稿過程からは、作品分析・同時代言論の分析とは異なることが見える

 私の研究の観点からして勉強になったのは、やはり「「三一三産業組合青年会」と「三一四〔夜の湿気と風がさびしくいりまじり〕」の章でした。私は、農村文学や農民運動(特に産業組合と左翼運動)の観点から宮沢賢治の研究を行っています。

 私は氏がp.126で扱われた「〈億の天才の共存〉」と「産業組合中心の協働・交換教授への期待」とを同種の、シームレスなものとして考えていました。産業組合は、大正デモクラシーをうけたために、民主主義的で個人尊重の流れがあります。そのため、この2つの概念は、まったく一緒とは言わないまでも、つながった概念だと捉えていました。

 しかし、改稿過程に即してみると、なるほど、宮沢賢治のなかでは異なる概念として使われていたことが分かりました。やはり改稿の過程を詳しくみることは大切だと深く納得しました。

 

最後になにより、氏のご研究の厚みといますか蓄積に圧倒されました。地道さ、着実さ、堅実さには、本当に頭の下がる思いです。

 

ご学恩にこころより感謝します。