牧千夏の話したいこと

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レビュー_德本善彦「断絶としての差異」(『日本文学』70(8)、2021)

今月発行の『日本文学』を読みました。

 

德本善彦氏の「断絶としての差異」(『日本文学』70(8)、2021)についての、まとめと感想です。

 

内容を一言で言えば、

坂口安吾「イノチガケ」の前篇と後篇の語りの差異が、当時の歴史文学論争における2つの立場の差異に重なることを指摘し、この差異を断絶として示すことで当時の歴史小説に対して批評性をもった、というものです。

 

もう少し詳しくまとめます。

 

安吾の「イノチガケ」は、前篇で、先行する宣教師の背教という重大な歴史的事実を語らないことで、断片的な事実の集積として語られる。後編では、白石という人物を介在させることで、合理的に説明し、整合性のある物語として語られる。前篇と後篇は、それぞれ唐突な結末を迎えており、切り離されている。

 

当時、歴史文学には当時、高木卓と岩上順一を中心に論争が起こっていた。高木は、歴史小説は現在と関係づけて語るべきだと主張した。一方、岩上は歴史を天地の大理法として、事実の推移を自然に語るべきだという立場をとった。

 

「イノチガケ」の前後篇の語りの違いは、こうした歴史文学に対する2つの立場が現れている。重要なのは、断絶を断絶として示し、物語として収斂させていないことである。この断絶を強調する態度は、戦時下に神話まで遡って歴史を都合良く物語化した知識人に対して、批評性を持っていた。

 

読み間違えていたらごめんなさい。

 

私としては、前後篇の断絶、という一見作品の欠点として意味づけてしまうものを、当時の歴史小説のあり方を参照することで、積極的な意味を見出した点を面白く読みました。

また、論文の書き方としても、とても読みやすかったです。うまく言えないのですが、文末が工夫されていて、抑揚のようなものを感じます。そのため、読者としてのどのような態度で読めばいいのかが分かり、流れに乗って読み進めることができました。

 

今日は一日中雨です。子どものエネルギーをどこで発散させようか…。