牧千夏の話したいこと

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レビュー_アダム・ハート『目的に合わない進化』

アダム・ハート『目的に合わない進化 進化と心身のミスマッチはなぜ起きる』上下(原書房、2021)を読みました。

一言でまとめると

この本は、人間が進化の過程でどのような特徴を得てきたか、そしてその特徴が現代社会でどのようなミスマッチ問題を起こしているのかが解説されます。

 

とくに面白かったポイントについてまとめます。

ストレス

【進化的選択圧】ストレスの反応(ドキドキしたり汗をかいたりすること)は、崖から落ちそうになったり肉食獣に襲われそうになった時には、俊敏に反応するための非常に役立つ反応だった。

【現在】上司のメールに対する反応としては、不要な反応。この反応を慢性的に繰り返すことで、心身に負担がかかる。

 

これは本当によく分かりますね。緊張して額の汗をハンカチで拭いながら、今この反応いらないんだけど、と思ったことがあります。

一方で、このストレス反応に助けられたこともあります。最近は階段で転びそうになった時、俊敏に反応して手すりを掴み宙に浮いた足を素早く着地させた時、私の体ありがとうと感謝しましたね。

 

このストレス反応については、ケリー・マクゴニガルの本でも紹介されていました。ストレスを私たちの体を傷つけるもの、として認識するのではなく、私たちを助けようとしてくれるんだけどちょっとずれちゃうもの、として認識する方が良いように思いました。

アルコール

【進化的選択圧】発酵した果物を効率的に消化する。アルコールによって気分が良くなり、社会的関係を円滑にさせる。

【現在】自然発生では考えられないような、高濃度高純度のアルコール飲料がある。そうした飲み物は、人間の肝臓に過度な負担をかけ、酩酊によって逆に社会的関係を崩してしまう。

これは痛いご指摘ですね。私はお酒が好きなのですが、お金もかかるし、飲んだ後だらだらしたくなってしまうので、できればなくしたい趣味でした。遺伝的にプログラムされているので、お酒を美味しい思うことについてはまあ認めるにせよ、常に自制心をもって接するべきものだなと思いました。

社会的つながり

【進化的選択圧】グルーミング(毛づくろい)によって集団的な絆を高め、効率的に生活ができる。

【現在】人間関係を結ぶ方法が多様化。SNS などの間接的な方法で、多数の人と繋がれる。ただ、人間は狩猟や生活で取り結ぶ直接的な人間関係を整理する思考能力しかないため、現在の多様な人間関係は整理しきれない。

信用・信頼

【進化的選択圧】疑うことよりも、信じることの方がリターンが多かった。もしかしたらこいつは俺を槍で刺すかもしれない、と常に警戒して狩猟や生活の共同関係を結ばないよりは、もしかしたら俺はこいつに殺されるかもしれないけれど、とりあえず信じようと考えて協力する方が、上手く生きられた。

【現在】自分に都合のいいフェイクニュースを信じてしまう。実証的な根拠よりも、自分の体に息づく〝とりあえず信じよう〟的なメッセージに従って、誤った情報に基づいて行動してしまう。

 

この本は、普段困っていることやなぜと思うことについて、進化的な観点から解説してくれます。だから仕方ないと本質主義的に諦めるわけではありませんが、この仕組みを分かることで、自分のコントロールの仕方を考えられるように思いました。

 

以下は個人的に記録しておきたいメモ

【上巻】

  • 褐色脂肪細胞は、腎臓と首回り、肩甲骨の間、脊髄に沿って蓄積する傾向がある。_39ページ
  • 飢饉の主要な影響は、死亡率の増加ではなく繁殖能力の低下_69ページ
  • ラクターゼ活性持続(大人になっても乳糖を消化するラクターゼという酵素が活性化されている状態)は、本来人間にはない。しかし、この特徴を持つ遺伝子が突如現れ、牛乳を消化できることによってカルシウム・脂肪・タンパク質を効率的に得られたため、この遺伝子が広がることになった。_113ページ
  • 乳糖やグルテンを消化できる能力は、そもそも環境によって選択された特異な遺伝的形質。最近のグローバリゼーションの展開と食文化の均質化に、人間の体はまだ追いついていない。 142ページ
  • 人間はタンパク質の分解については非常に有効な酵素を持っているが、複雑な枝分かれ構造を持つ糖類や炭水化物の分解能力は低い。 150ページ
  • ストレスは、緊急事態になんとか対応するために進化した生化学的反応であり、有益な反応であった。 198ページ
  • 視床下部は物事を考えるという点では大きな役割を果たさないが、化学伝達物質であるホルモンと脳をつなぐ役割を果たす。恐怖を覚えた時、視床下部はフル回転して交感神経系を活性化させ、消化器系の動きを止め、血管を収縮させ、心拍数と血圧が急上昇する。 200ページ
  • ストレスのしくみは、狩猟採集時代には役に立ったが、現在の社会では過剰反応である。しかし私たちの基本的な生物的仕組みにとっては、そのストレスの内容の違いがわからないため、同じように反応してしまう。 216ページ
  • 富の蓄積と他人との比較は、強いストレス源となる。 235ページ
  • 【下巻】
  • SNS を利用すれば気分が悪くなるのは明らかなのに、きっと何かいいことがあるはずだという誤った期待をしてしまう 22ページ
  • 社会的グルーミングは、個人同士を結びつけて共同と連帯を育み、グルーミングによって結ばれた答え同士に利益をもたらす 28ページ
  • ダンバー数とは、私たちの社会的関係の言動を示す尺度。100人から250人程度と算出されている。33ページ
  • 私達の脳の仕組みでは現在の SNS のネットワークに対応することは単純に不可能 46ページ
  • 人間は系統学的に見て非常に早い段階でアルコールを消費する能力を進化させた。発酵した果実を消費し栄養を得て、アルコールを社会の潤滑剤として集団の絆を深めていた。しかしそれは自然発生したごく微量のアルコールである。現在の高いアルコール濃度の飲料に人間は対応できない。 121ページ
  • オキシトシンは、信用に結びつく一般的な感情的寛容さを促すわけではない。様々の報酬回路の連絡を抑制してフィードバック学習を弱めている。つまり、学習能力を低下させて、基本的な信念に従うようになる 143ページ
  • 信用する行動の選択圧は、個人同士が互いを信頼することで得られる利益に基づいている。信用しないことで個人的に利益を得ることもあるが、私たちの社会は信用を進化させることによって発展してきた。 145ページ